ぎゃるまま日記/ギャルママ日記(関西グルメブログ&おでかけ情報) 伊豆下田旅行 八幡山 宝福寺(唐人お吉記念館)~御菓子司 雑賀屋~了仙寺

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伊豆下田旅行 八幡山 宝福寺(唐人お吉記念館)~御菓子司 雑賀屋~了仙寺


伊豆下田旅行 えきねっと 旅市(JR東日本) 歴史の下田散歩道~ダイニング黒潮

の続きです。


駅から3分ほどの所にある、下田市観光協会さんを訪ねます。


下田観光ツアーは、7月16日~8月31、12月31~1月1日以外の

平日10時の一回、土日祝の、10時と13時の二回、ツアーを行っています。

参加されたい方は、下田市観光協会へおたずねくださいね。 (要予約)

参加費は大人300円です。


ぎゃるまま日記 (ギャルママ日記) 

下田は静岡県伊豆半島の先端にある町で、関西からは結構アクセスが不便な所。

幕末の歴史も多く、一度訪れてみたいと思っていました。


ツアーの行程はA~Eの5コースがあります。


Aコース:ペリー上陸の石碑~ペリーロード~長楽寺~欠乏所~了仙寺


Bコース:開国博物館~吉田松陰拘禁跡~了仙寺~長楽寺~ペリーロード~安直楼

      ~下岡蓮杖の石碑~下田公園


Cコース:宝福寺~殿小路~鈴木家(なまこ壁)~角屋(船宿跡)~安直楼~ペリーロード

      ~了仙寺


Dコース:ペリー上陸の石碑~開国記念碑~下岡蓮杖の石碑~下田公園


Eコース:道の駅開国下田みなと~まどか浜海遊公園~松陰の小径~三島神社~弁天島

      ~玉泉寺


私が案内して頂いたコースは下記でした。

マイマイロード~宝福寺~雑賀屋菓子店(手作り飴の試食)~了仙寺

~ペリーロード~ペリー上陸の石碑~石亀水産(下田で水揚げされた干物の試食)

~舟宿角谷跡~土藤商店(日本酒試飲)~ペリーの足湯~平井製菓(和菓子の試食)


観光案内は、何組かいらっしゃると思ったら私だけでした。

とても寒くて少し小雨も降っている中、ボランティアの方とマンツーマンでした。

(ありがとうございます。)


初めに訪れたのは、八幡山 宝福寺


1854年(安政元年)に、開港を求めるアメリカ側との日米和親条約に向けて、

日本側の打ち合わせ場所となった場所です。


八幡山 宝福寺 には、 唐人お吉記念館もあります。

入場は、大人300円、中高生150円、小学生以下無料です。


『 龍馬が飛び、お吉が眠る 』と大きく書いてあります。


看板の竜馬はなぜか、竜馬役を演じた福山さん。


私はお吉さんの事は知らず、龍馬の奥さんはお龍さんじゃなかったの??

愛人だったの??wとちょっと頭の中が困惑。


どういうつながりがあるのか知識がなかったのです。

入口で目立っていた、龍馬の木像 風の夢


似てる似てないはともかく、職人魂を感じる作品。

チェーンソーで10日程で完成したそうです。


唐人お吉とは…俗称で、本名は斎藤きちさんと言います。


お吉は愛知県の知多郡に1841年に生まれ、4歳の時に下田へ移り住み、

14歳で芸子となります。美貌は写真の通り。


当時にしてはぱっちり二重で現代でも通用するほどの美人だったためか、

下田一の芸子となります。右は40歳ごろの写真(絵?)


17歳の時(1857年)、日本の初代アメリカ総領事となった、タウンゼント・ハリスは

日本に来てから体調を崩し、看護婦を依頼しますが、当時の日本に看護婦がおらず、

急遽候補に挙がったのがお吉さんでした。


お吉は、多額の給料をもらって、看病を引き受けますが、

当時はなかった牛乳を飲ませるなどして看病を行い、

ハリスは無事に回復し帰国したとありました。


ですが、当時は外国人と関わる事は野蛮だとされていて、

下田では偏見の目で見られるようになり、

人々からは唐人という俗称で呼ばれるようになります。


髪結いを始めるが失敗。その後も安直楼という料亭を開業しましたが

わずか2年で廃業し、その後は乞食となって行ったそうです。


お吉は、ハリスの相手を依頼してきた当時の大名に

あなたのせいで、私はこんな目にあっている。と直談判をし、

それを知った大名はひどく悲しんだそうです。


そして米やお金を与えますが、お吉は自暴自棄になり、

お酒におぼれ半身不随となり、1890年(明治23年)お吉が50歳の時、

稲生沢川門栗ヶ淵に入水し、自殺します。


写真が入水したお吉がヶ淵。伊豆急蓮台寺駅近くにあります。


自殺後の遺体にも、触ると手が腐る。などと言われ、誰も手を付けなかったそうです。

斎藤家の菩提寺も埋葬を拒み、哀れに思った下田宝福寺が、遺体を引き取り、

お墓を立てたとの事でした。


どうしてここまでひどい事をされるのか、罪人でもないのに、話を誇張していないか

とても可愛そうで、自分なりに調べてみたんですが、ハリスは日本側に看護婦を頼むものの、

日本にはまだ看護婦という概念がなかったため、

妾の斡旋依頼だと勘違いをした大名は、お吉さんに妾を依頼。

でも、ハリスはお吉の足に出来物ができたとの事で、わずか3回で解雇。

この2人の間に何があったのかは分かりませんが、

当時はやはり、外国人と通じた。という偏見が強かったのだと思います。


それでも、なぜ違う土地へ移り住もうとは思わなかったのだろう??

お吉さんの事がとても気になりました。


昭和に入り、次々とお吉の人生が映画化され、出演者などから寄せられた

石碑が寄贈されるようになりました。


お吉さんを題材にした映画を撮影中、お吉役の方が亡くなられたそうで、

その方はお参りをしていなかったそうです。


それ以降、必ず撮影前にはお参りをしていくのだそうです。


腰をかけると長寿になれるという亀石。


私も腰を掛けさせていただきました。

長生きといっても、健康で美しく長生きしたい。


でも夫に先立たれ、周囲の人がどんどん他界する中で

自分だけ長生きするのは寂しいですね。私は看取るより看取られて先に死にたいかも。


残りの半生をどう過ごすのかな。


日本で一番早先と言われる、河津桜が咲き始めていました。


2月初旬にはもう満開だそうですが、今年は寒いですからね。

2月16日でやっと咲き始めでした。


こちらは、お吉さんが使用していた鏡、櫛、かんざしなど。


幕末というとそれほど古くない昔だと私は思いますが、こんなに古ぼけてしまうのですね。


お吉が晩年使用していた着物。へ~中に綿が入ってるんですね。


京都の芸妓さんの着物が展示されていました。


当時はこんな感じだったのですね。


お吉さんの話ばかりになってしまいましたが、宝福寺は、幕末の土佐藩主

山内容堂の宿舎だったそうで、ここで、勝海舟と会談を行ったのだそうです。


勝海舟は、ここで脱藩した坂本竜馬の許しを乞いますが、

お酒が大好きな山内容堂は、お酒が飲めない海舟に対し、

「この酒を飲み干して見せよ。」と言い放ちますが、

海舟は、並々と注がれた杯を一気に飲み干し、許しを得る事ができたといいます。


山内容堂は徳川幕府寄りでしたが、倒幕へ傾く時代を止める事はできず。

倒幕派との関わりも多かった容堂は、政権を朝廷に返す案を徳川慶喜に提出。

慶喜はこれを受けて大政奉還したそうです。


容堂さんはかなりのアルコール依存症で、享年48歳だそうです。


坂本竜馬は直接関係ないものの、ここから龍馬が飛んだ!のですね。

竜馬とお吉は直接関係は無いようでしたが、お吉の空白の5年間というのがあり

これまた気になって仕方がないのでした。


宝福寺の後は、御菓子司 雑賀屋 (さいかや)へ案内していただきました。


昔懐かしい飴が沢山売られていました。全部手作りなんだそうです。


宝石のような飴を試食。


とても懐かしい味がしました。


1箱180円です。私は塩バター飴を購入しました。


とても美味しいですね。一つ食べると止まらないんです。もっと買えばよかったです。

家の近くに欲しいな~こんなお店。

その後も、マイマイロードを通っての散策です。


写真は、吉田松陰が投宿されたという宿。現在も下田屋旅館として営業されています。


 

散策中によく見かけたやぶ椿


やぶ椿は、普通の椿と違って、葉の先がふにゃ~ってしてるんです。
初めてみました。


その後、了仙寺 へ。


了仙寺は、アメリカとの日米下田条約が終結された場所です。


宝福寺は、日本側の打ち合わせ場所、お吉の墓があり、

了仙寺は、アメリカ側の待機場所であり、玉泉寺は、ハリスが滞在したお寺。


了仙寺境内に集まった、アメリカの兵隊と、着物姿の日本の見物人の様子は、

アメリカ人の画家が絵画として残してあります。


その境内の写真が一枚もない…。(悲)


了仙寺 は、安政の東海地震(1854年)の際、津波が押し寄せて、

本堂の天井まで水が浸かったそうです。


写真がぶれていたので載せませんが
その際に舟などがぶつかってできた傷が、ところどころにありました。


了仙寺横穴遺跡


1300年~1400年前に、お墓として使用されていた遺跡で、

沢山の方のお墓となっていたそうです。


写真の穴は、戦時中に使われていた防空壕跡です。


続く。



八幡山 宝福寺 唐人お吉記念館

静岡県下田市一丁目18-26

8:00~17:00

大人300円、中高生150円、小学生以下無料


御菓子司 雑賀屋 (さいかや)

静岡県下田市2丁目1-27
9:00~18:00


了仙寺
静岡県下田市七軒町3-12-12


下田市観光協会

静岡県下田市外ヶ岡1-1

0558-22-1531

ツアーは、7月16日~8月31、12月31~1月1日以外の

平日10時の一回、土日祝の、10時と13時の二回開催

参加費:大人300円

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Comment

1 ■無題
編集
お吉さん可哀想ですね。いつの世にも偏見があって、女の人のこの手の話は辛くなります。
土地を離れる勇気もお金もなかったのかなぁ(泣)
幕末バナシは好きなので夢中で読ませてもらいました(^-^)


旅行良いなぁ羨ましい。
2012年02月25日(Sat) 23:26
2 ■>さわやさん
編集
お吉さんはその後、横浜に住んだり京都に住んだりしたけど
やっぱり下田に戻ってきたそうなんです。
その事は書きませんでしたね。
プライドが高そうだから意地になっていたのかも知れません。

唐人という呼び方は、変えてあげた方がいい気がしますね。
2012年02月26日(Sun) 00:27
3 ■無題
編集
お吉さんの話は知りませんでした。丁寧な解説ありがとうございます。
当時、外国人と接する機会なんてほとんどなかったから、偏見に満ちあふれてたんでしょうね。

考えたら、幕末ってそれほど遠い昔でもないんですけど、現代では想像もつかない時代だったんでしょうね。そんなことを考えながら旅するのってめっちゃ興味があります。
2012年02月27日(Mon) 21:21
4 ■>宗博さん
編集
私も古い建物を見ながら昔を想像するの
大好きなんです。^^
もう最近では昭和もレトロと言われている程ですもんね。
昔に生まれたかった気もするし、現代で良かった気もします。

って前世を信じる派なので、どこかで誰かだったのかも知れませんが…。
2012年02月27日(Mon) 22:26












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